カテゴリ:独り言( 4 )

不二屋について、思うこと。

スーパーに行くと、商品棚の下の方に陳列されてある不二屋商品。
わたしはペコちゃんの傘チョコが好きでですね。
母親の買い物についていっては、山ほどあるお菓子コーナーの中からそれを見つけ出して、よく買ってもらっていたものでした。

チョコなのに、キャンディーみたいにぺろぺろ舐めて食べられる楽しさ。
しかも、傘。
スティックについた傘チョコを、ゆっくりゆっくり舐めて味わったり
がぶっと一口にかぶりつき、一気にひっぱってスティックから取ってみたり。(そしてその後、口の中でなぶり倒す)
色んな食べ方を楽しむ、お馬鹿な子供でした。・・・みんなやってたよね?

それにしても・・・なんで、こどもって傘が好きなんだろう?
tamも、異様な執着心を見せる、傘なのです。晴れの日だって、止めなければ毎日持ち歩く勢いで。

ま、それはおいておいて。

不二屋さんのしたことは、まぁ、消費者としてはスルーしてはならない、大変な事ですが
それでも、私が子供の頃
ペコちゃんからもらった、わくわくする気持ちは、否定出来ないと思うのです。
ミルキーだってだって、美味しくて好きだった。

生菓子はね。。はっきり言って、買う気がしませんが
お菓子は大丈夫だと主張しているようですし
私はなんとか探し出してと夫に頼み、かなりローカールなスーパーU(*)にあったミルキーを買って来てもらいました。
Uよ・・・、あんたを見直したよ!

*金髪のお兄さんや、モヒカンのお兄さんが感じよくレジ打ちする、渋谷区、世田谷区、港区などで展開しているチェーンのスーパー。

一票を投じる気持ちで。
してしまったことはしょうがない。
でも、消費者にきちんとお詫びをして、ちゃんと償ってからまた、
私たちのこどもにも、夢を与えて欲しい。がんばってほしいです。ほんとーに。

ペコちゃん復活を願って。
[PR]
by koriom | 2007-01-17 22:15 | 独り言

トリノオリンピック、フィギュア考

あんまりオリンピックとか、盛り上がる方じゃないんです。
スポーツするのは好きだけど、見るのはべつにあんまり。
・・・というか、はまらないようにしてる、というか。
だって面倒くさいじゃないですか。深夜に起きてなきゃいけないし。ほら、昼寝とかして調整とかできないしね。二児の母ですから。
といいつつ、結婚前だって盛り上がってたわけじゃないです。ずっとこんな感じ。

ああ、しかし。
そんなわたしもとうとう、フィギュアだけはリアルタイムで見てしまいました。
ショートプログラムの日は午前3時に目覚ましをかけて。
フリーは5時で助かりました。
本当はプログラム全編通して見たかったところですが、日本人選手に焦点を当てて。
そこらへんは勘弁してください。毎朝6時起きなんです。しつこいですが、二児の母なんです。
ついでにダンナも一匹いるのです。朝食にご飯とみそ汁を要求してくるのです。

それにしても、これは余談ですが
日本って、ほんとうに親切で丁寧な国ですよね。
「安藤選手は5時19分、村主選手は6時21分、荒川選手は・・・」と言う風に、
分刻み!!で教えてくれるのですよ。アメリカの皆さん、リピートしますが、分刻み!ですよ?

・・・思い返せば、2004年、アメリカで迎えたアテネオリンピック。。
あれ?録画だ。これも録画。これも録画!ライブはいつやるんじゃー!
・・・という調子で終わってしまいました。
アメリカってば、オリンピックに関しては、ぜんぜん一所懸命じゃないです!
(私見ですが、アメリカは人種のミックスサラダなだけに、アメリカNo.1が世界一なんだ、ていう自負があるんでしょうかね。だからオリンピックとかべつに興味ないしー、みたいな。)

でも、フィギュアだけは、さすがのアメリカもライブで見せていたのでしょうか。
だってだって、サーシャ・コーエンちゃんがあんなにがんばっていたもの!
SPは無敵に見えたコーエンとロシアのスルツカヤ。
フリーではまさかの転倒、敵ながら(勿論敵認定です)「ああっ!」と思わず声が。
「やった、転んだ!」とは思えないところが、やっぱりみんな一所懸命オリンピック。
荒川さんは会心の演技、村主さんも4位ながら、荒川さんと並んでスタンディング・オベーションを受け
わたしは、わたしは、、、感動しました。涙が出ました。今も思い出して泣けるくらい。
スタンディング・オベーションってねぇ、あなた。ある意味最高の、心からの賛辞ですよね!
がんばったねーーーー。よかったねーーーー!と、涙がぼろぼろ。
メダルがとれなくたってもういいや!
tamが、どったの?いたいの?と聞くのに、ちがうの、ママはね、かんどうしてるのよ、と説明するのももどかしく。

・・・立派に盛り上がってしまいました!

安藤さんだってねぇ。あんなに若くて、世界の大舞台で。
得点取る為に下手なコンビネーションを繰り返す人ばっかりな中、ただひとり4回転にチャレンジして。
偉かったですよねーーーーーーーー。
あとで、バックステージの安藤選手を写した映像で
「4回転、やってよかった!」と、満面の笑顔で叫ぶ彼女がいて
もう全力で同意。ほんとによかったよー。感動をありがとうね。

これは言っておきますが、わたしは決してメダルを期待していたわけではないのです。
むしろ、「不振が続く」と言われていた日本勢に、別の意味で同情を禁じ得ませんでした。
メダルメダルメダル言われて、そんなに嬉しくないだろうなあ。
メダルがとれないオリンピックだって、べつにあるんだろうし。
メダルを取るのが当たり前、みたいな雰囲気がありますよね。日本って。
でも、3つのメダルを取れなかった人たちだって、ものすごくがんばってるはずなのに。
うちのテレビはデジタル放送を受信できて、そのメニューの中に、「選手への応援メッセージを詠みましょう」というのがあって
ちゃんと選者がいるのにかかわらず、「金メダル ひとつくらい とってこーい」とかいう大馬鹿な歌があったりして。
それは応援じゃなくって、期待の押しつけだっつうの。

そんななかでの、荒川選手の金メダル。
きっともうしばらくものすごい盛り上がると思うのですが
わたしは金メダルだけじゃなく、
フィギュア3人娘の、そしてコーエンやスルツカヤ、その他の可愛い選手達の、それぞれの演技にもらった感動を、たぶん絶対忘れないと思います。
みんな、感動をありがとう!(リピート)

再び余談ですが
イナバウアーが我が家で流行っています。
tamにも、やってよやってよ、とけしかけています。調子に乗って真似します。(が、似ても似つかないイナバウアー。諸手上げてるだけだし。)
イナバウアー・・・。このふしぎな響きを持つ技、これからきっと日本中で流行るのでしょうね。

・・・以上、ベタなにわかオリンピック(というか、フィギュア限定)ファンの独り言でした。。
[PR]
by koriom | 2006-02-26 00:37 | 独り言

生きてます!

アメリカから日本へ引っ越して1ヶ月・・・。
って、もう1ヶ月経つんだなぁ・・・と思ったら、船便で送った30箱の段ボールが到着。
整理するのに一苦労です。
なになに、なにやってんのーー?と群がるこどもと駆け引きしながら、必死です。

tamは日に日に自我が色濃く浮き彫りに。
毎日毎日怒り続けるハハも、(たぶん)怒られるtamもうんざりです。
なので、バレンタインデーにダンナさんに買ってきてもらったベルアメールのガトーショコラを、一個丸々くれてやりました。ふだんCheeriosやら、かっぱえびせん(一歳児用)やら色気無いおやつばかり与えられてるだけに、嬉々として貪っていました。
いつも怒ってばかりでごめんね。怒りたくて怒ってるんじゃないんだよ、という気持ちをこめて。
次の日から又元通りなわけですが。ふーーーーー。

rieも早10ヶ月・・・。
9ヶ月始めに歩き出し、吸うのがへたくそなばっかりに10ヶ月で断乳され
母乳という糧を失った途端、毎日「腹減ったー!!」と騒いで、大体一日のうち、寝ているか食べているかどっちか、みたいな状態になってしまいました。
ごはんが遅れるとすぐ怒るし。
tamにおもちゃを横取りされると「あーあー!!」と強く抗議するし。
怖いよう。10ヶ月でこれですよ。これからどうなることやら。

いろいろいろいろ更新したいことだらけなのですが
なんか大変ぶって放置しています。ごめんなさい。
そのうちぼちぼち再開するので、また遊びに来てくださいね。コメントもしてくださいね。ね。
[PR]
by koriom | 2006-02-16 00:21 | 独り言

*只今里帰り帰国中* うちにいる神様たちのこと。

 
c0074421_2354969.jpg

わたしの実家には、90歳の祖父が同居しています。

人並みに認知症を患った、まあぶっちゃけてしまうと、“呆け”老人です。
でも骨密度は成人並みという、驚異的な身体を持ちます。好物は肉と脂っこい料理。ステーキ、トンカツ、天ぷらLOVE。特技は下らない冗談です。小さい頃の私は、彼の孫のなかでも一番のおじいちゃん子を自認し、同じB型でうるさく干渉してこない彼が大好きで、よくべたべたとひっついていました。油絵が趣味の彼に、絵を教わったり。一緒に美術館へ行ったり、そこらへんの山を散歩したり。小学校の自由研究を手伝ってもらって、結局全部作ってもらったり。

そんな私にとっては「大好きなおじいちゃん」でも、ボケてしまうと、それまでの関係とは、どうしても違ってきます。

なにしろ。
「さ、暗くなってきたし、そろそろ帰るかな。鉄道は通ってるんだろ?」というのを、5分おきくらいに言われるのです。最初は「おじいちゃんの家は北海道で、帰ってももう誰もいないんだよ、ここはおじいちゃんの息子の家で、今はここにみんなで一緒に住んでいるんだよ・・・」と、口を酸っぱく説得して、その時は「そうか、それならいいんだ」と納得したように見えても、また5分後には「さあて、そろそろ・・・」と始まるのです。とほほ。いくらおじいちゃんとはいえ、イライラもしてくるってもんです。

あ、それくらい、言わせてあげればいいじゃない。って、思いました?私もそう思うんですよ。でも、ついつい、訂正したくなるのです。そうじゃないよって。それでもって、その説得が全く甲斐無いと分かると、ものすごーくがっくりくるのですよ。

それだけじゃないのです。「帰りたい」発言から始まって、「オレの財布がない、金がない」発言、自分の息子をかつての部下だと思いこんだり、私が祖母の実家から養女にもらわれた・・・などなど、物忘れを超越した、記憶のねつ造の数々。トイレや下着を汚したり、水道の蛇口を出しっぱなしにしていることを注意しても、「オレはそんなことしない」と頑として認めない・・・。でもそれらは、ぜーんぶ認知症の典型的な症状なのです。夜に何度も目を覚ましては、「ここはオレの家じゃない」と出て行こうとしたり。徘徊老人っていうのは、その延長にあるのですね。家族は、「今までちゃんとしていたのに」と、躍起になって説得、説教する。おじいちゃんはその怒りが全く理解できず、不愉快になり、どんどん心を閉ざしていく・・・というのは、認知症が生み出す、ものすごくよくありがちな悪循環なのだそうです。(ちなみにそういうときは正しい事を説得するよりも、「自分たちもこの家も、あなたにとって安心な存在で、ここにいて大丈夫なのだ」ということを納得させてあげるほうが効果的なのだそうです。難しいのですけどね。)実際、認知症になると、性格が物凄く悪くなったように見える例も多いらしいですね。自分の金を家族の誰かが取ったと思いこんだり。幸い、うちのおじいちゃんは元々の性格がそれはそれは穏やかなので、「金がない、おかしいなー」くらいで済んでます。ボケる前から得意だった冗談も衰える気配がないし、人に嫌われたりすることは少ないです。多分比較的扱いやすい、可愛いおじいちゃんなのでしょう。それでも苦労は山積みです。一筋縄ではいきません。怒りたくないのに怒ってしまう方も、何故怒られているのか皆目見当のつかない方も、どちらも不幸です。年老いた親を見るというのは、ほんとうに大変な事なんだなあと、両親を見ていてつくづく思います。なんといっても、老人介護は一緒に住んでいる人が一番大変です。

今回の里帰り中に、祖父が慢性くも膜下出血で病院に運ばれました。身体だけは丈夫だと思いこんでいたので、家族親戚一同びっくりしました。意識を無くしてぐったりした祖父があんなに重たいことに、改めて気付きました。慢性くも膜下出血は急性と違い、徐々にじわじわと出血して脳を圧迫します。なので、周りも本人も気付くのが遅いのだそうです。でも簡単な手術で血を抜けば元通りになる、という医者の説明通り、手術が終わって様子を見に行くと、まるでメリーを触ろうと手を伸ばす赤ん坊のようにつるつるの顔で、点滴のチューブをぶらぶらと揺らしていました。そんな祖父に「おじいちゃん、私の事分かるかな?」と言うと、はて?という顔をした後、開口一番「分かるさ。あんたは、お姫様だ。オレは王様」と無邪気な顔で言った祖父の顔は、きっと一生忘れられないです。分かるか分からないかなんて、結局どうでもいいんだな。おじいちゃんが生きていて、歯がない空っぽの口を大きく開けて笑っていて、私はものすごくHappyな気分になったのでした。

お年寄りとこどもって、よく似ていると思うのです。卑近な例でいうとですね。うちの祖父もtamも、牛乳を飲む時、一度は口の中で「ぶくぶく」します。食べているとぼろぼろこぼすし、口にものを詰め込みすぎて、運悪く気管に入って「ぶわっ!!」と吐き出すし(これは被害大)。トイレもひとりで完璧には出来ないし、こっちの理屈は通じないし・・・。と考えているときに、ふと気付きました。そうか、認知症のお年寄りもこどもも、細かい事象や説明を叩き込む事よりも、キレイな色や、楽しくて嬉しい気持ち、美味しいご飯や特別なお菓子。そういうことが大事なんだ。tamやrieにとって、色んな事を吸収してぐんぐん大きくなるこの大切な時期に親が与えてあげられる事を、同じようにおじいちゃんとも共有できればいいんだな。それは、ときには簡単な事ではないけれど、出来るだけそういう風に過ごせるように、努力していこう。

いつだったか、ちょこまか動き回りわあわあ騒ぐ子供達をじいっと見つめて、祖父がいいました。

「赤ちゃんていうのは、神様みたいなもんなんだ。」

そうだね、おじいちゃんもね!だから、この世のつまらない理屈は超越しちゃっていいのかも。年齢差90歳弱の神様同士がそこで一緒になにをするでもなく(なにしろ、双方マイペースなので)、自然に隣同士で座ったり足にしがみついたり、膝の上に乗っている様というのは、最高に微笑ましいものがあります。そんな幸せな瞬間をくれた両親に感謝。わたしの今居る境遇にも、感謝。どこかにいるのかもしれない、神様に感謝、です。
[PR]
by koriom | 2005-12-20 23:25 | 独り言